2025/08/11 10:04

『笑う芋には福来たる』と言う名前で、沖縄県金武町で田芋栽培している夫婦です。https://note.com/56_taro/n/n7c05ef86f406


旦那のたかお

・沖縄県出身・金武町で育つ
・28歳(2025年時点)
・栽培管理メイン
・SNSとお酒が不得意
・釣りが趣味だが、海鮮が苦手

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社会人として働くも、小さい頃に抱いてた「農家になりたい」と言う夢を叶えるべく、退社後、農業大学校に通い、22歳頃に就農。

小さなころから鎌を使ったり畑が好きだったそう。
3歳の頃に「はるさーになる」と宣言していたらしい。

「親から引き継いで偉いさー、何代目?」という質問を毎回頂くが、

衝撃の「初代」である。


引き継ぐ資産なし。お金もない、農地もない、農機もない。
まっさらの『ゼロ』から農業界へ参入。

「ない」ものは「作り出す」。


【倉庫】
農地購入からスタート。
まだ知り合って間もない田芋農家たちや周りの方の協力してもらいながら、土間打ちから始まる倉庫づくり。たかお得意の溶接で作り上げる。

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設計図、ないらしい。すご。

【軽トラ】
捨てられて、荷台が自然に還ってしまっているような原型を留めてない軽トラを2万円で購入。
「修理してエンジンついたから、ラッキーさ!」と話す。
荷台部分は全てオリジナルで作り上げる。

走ってたら途中で止まったりする、
外側からドアを開けれず、窓から内部に手を入れて行う
燃料が漏れる等、不備は多々あったが、就農時から5年間もたかおを支えた一番の相方だった。

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私のことよりも愛していた

2024年の冬に衝突され、キャビンがボロボロに。
それでも未だ大切に保管中。たかおの宝物。

【トラクター】
これもまた捨てられてて、内部が丸出しのトラクターを5万で購入。
「エンジン使えたから、上等さー」と話す。
エンジン以外は使えなかったそうで、お父さんと全てバラシて修理し生き返らせた。
新規就農一貫支援事業が採択され、新品トラクターが手に入るまでの間は、爆音を田んぼ中に響かせながら、活躍してました。

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エンジンいければラッキーなんだ…。


このメンバーを揃えて22歳の頃、たかおの農業人生が始まりました。

かぼちゃやダイコン、うっちん(ウコン)など栽培作物でさまよってた時期がありましたが、産地であることが強みの田芋をやったほうがいい、という先輩のアドバイスから田芋農家に。

ゼロから1にする才能はあるが、野菜の販売力が壊滅的。

だが、「自分がやられたら嫌なことは人にしない」という信念からであろう、自分が美味しいと確信の持てる芋しか売らないという人一倍のこだわりはあった。だが芋が売れない日々が続いた。

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こだわりだけはピカイチ

出会った当初
「じんむっちゃー(お金持ち)ならぬ、芋むっちゃーやっさー」
と笑っていたが、私には笑えなかった。


嫁の私

・生まれ育ち千葉県
・25歳(2025年時点)
・販売、note、インスタ、新聞 担当
・趣味は田芋
・夢は田芋の仲間の世界のタロイモ産地を巡ること

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田芋大好きです

私は俗にいう「ないちゃー」。沖縄方言で本土の人間を指す。

なぜないちゃーが金武町にいるのか

大学生の時、タロイモに興味を持ったのがきっかけで、田芋を知る。

就活時期に農業の勉強がてら沖縄に滞在していたら、フリーランス農家のまりさんに出会い、「明後日、田芋農家のところ行こうよ!」という突然の発案の元、たかおとたかおの先輩田芋農家の下で植え付け体験をさせてもらう。

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この時に「はるさーと結婚したい」とまりさんに熱弁していたのが、実現した。笑

ここが私の初めての田芋とたかおとの出会い。私自身沖縄に縁もゆかりもなかった。

そこで田芋農家が手作業で植え付けしている姿や、日本とは思えない田んぼから里芋のような葉が茂っている光景、古くから変わらぬ姿で残されている田芋の歴史に心を奪われ、

「死ぬまでに、ここでこの田芋農家たちや田芋に貢献できるような仕事をしたい」と強く思ったのを今でも覚えている。

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美しい、素晴らしい!!

それから千葉に帰ってもなお、まりさんや母親に「田芋に会いたい」と口癖のように話していた。(※当時は田芋に惚れ込んでおり、たかおではない。)

そこから卒論研究のテーマを先生に頼み込み「田芋に関する調査」に変更。(先生のおかげで今があるので、感謝しかありません。)

そして初めての田芋との出会いの半年後から、金武町に住み込み状態での調査が開始。

そして、もう田芋から離れたくないと意思が固まり、そのまま卒業と同時に22歳で移住。

そして、一年半後入籍して今に。

美味しい田芋に惚れ込んだ

田芋栽培にかかる努力って、本当にすごいんです。
時間も労力も手間も、何もかもが経験者にしか分からない。

その中でも特に手間かけて美味しい芋だけ販売するたかおを見て、

「なんでその労力隠す?その美味しさ無駄にする?なぜみんなに魅力も美味しさも伝えない?」

と思い勢いでインスタ等を始めました。

なので、インスタやブログの存在を知っているだけで、たかお自身は内容を一切知りません。笑

つまり、たかおの美味しい笑う芋に魅せられた嫁の私が笑う芋の一番のファンなんです。

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田芋と田芋農家に特化した写真集を作りたい

28歳うちなーんちゅ×25歳ないちゃー の異色コンビの田芋農家です。

未だに鼻の低くて目が小さい薄い顔の私を見て
「絶対にないちゃーと一緒になることだけは考えられなかったのに…」
と言っています。

元々はないちゃーに良い印象がなかった、たかお。
もちろん歴史的背景や、土地柄など簡単な理由で毛嫌いしてたわけではないと思います。

それでも受け入れてくれた、たかお、そして周りの皆さんに感謝。

これからも二人で美味しい田芋を沖縄に残すために全力で頑張ります。
大変厳しい課題しかない!!!!!逃げたくなる~けど好きが勝つ~。


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たかおのお母さん手書き、可愛い